ふんふん古事記

2016.04.19ふんふん古事記

ふんふん古事記37 海幸彦、山幸彦 1

燃え盛る火の中で子を産んだ木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)は自らの体を張って、生まれた子が邇邇芸命(ニニギノミコト)の子であることを証明しました。
二人にはこのあと、もう一人の弟君をお産みになりました。兄君の火照命(ホデリノミコト)は「海の獲物をとる男の子」という意味の海幸彦(ウミサチヒコ)で、海の魚を獲っていました。弟君の火遠理命(ホオリノミコト)は「山の獲物をとる男の子」という意味の山幸彦として、獣を獲っていました。
   
ある日、山幸彦が海幸彦に言いました。
「兄君、獲物をとる道具を交換しませんか?」しかし兄は応じません。でもあまりにひつこく三度もいうので少しの間だけ道具を交換することにしました。
山幸彦が釣針で魚を釣ろうとしても釣れないばかりか兄君が大事にしていた釣針を海のどこかに落としてしまったのです。
海幸彦はこういいました。
「山さちも己(おの)がさちさち、海さちも己がさちさ
ち」(自分の道具でなければ獲物は上手くは獲れないという意味の呪文)
そして、お互いの道具を元に戻すことになりました。
そこで、山幸彦は釣針をなくしたことを正直にいいましたが、海幸彦は、釣針を返すように迫りました。山幸彦は困りました。海で失くした釣針を探すのは至難の技です。
山幸彦は兄君の許しを貰うため、自らの刀を砕いて、五百本の釣針を作りました。しかし海幸彦は受け取ることを拒否しました。山幸彦は、更に千本の釣針を作りましたが、兄君は受け取りません。
「元の釣針を返してくれ」というばかり。山幸彦は困ってしまいました。

文/もり・けん
1951年大阪市生まれ。
長年勤めた幼児教育出版社を
43歳で退社し、モンゴルに渡る。
自然に添うように生きる遊牧の暮らしを学び帰国。以後モンゴルの正しい理解と亡くしてしまった日本の心を取り戻せと訴え続ける。

日本の童謡の普及のため、作詞(新しい童謡の創作)、演奏(昔からある良い童謡の伝承)の両面で展開、全国各地を講演、ハーモニカによるコンサート活動は海外にも及びモンゴルを始めロシア、中国、北欧のフィンランドやスウェーデンなどの子供たちとも交流している。

文部科学省の財団法人すぎのこ文化振興財団の環境ミュージカル「緑の星」をはじめビクター「ふしぎの国のアリス」などを発表、絵本、童話、童謡など子供のための創作活動をしている。

現在、日本音楽著作権協会会員、日本童謡協会会員、詩人、ミュージカル作家、作詞家、ハーモニカ奏者。梅花女子大学、朝日カルチャーセンター、読売文化センター、ヤマハ音楽教室などの講師を勤める。