ダークおじさんと童謡の世界

2015.7.26ダークおじさん

歌を歌って健康づくり

歌をリードをしたのは中学生の時
中学3年生の4月か5月の頃だったと思います。クラス担任の先生がお休みで、社会の授業の
時間に保健の先生が代わりに教室に入って来られました。
「社会科の自習をしますか?」と先生の問いに、クラスの皆が「レクリエーション!」。

学級委員をしていたので指名され、前に出て「では、今日は歌を歌いましょう。2曲同時に違う曲です」と、クラスの右の半分は「♪春の小川」を、左の半分は「♪ちょうちょう」を同時に歌ったのです。
母親が読んでいた婦人雑誌の綴じ込み付録「子どもと楽しむ歌あそび」に載っていたので、試してみたのです。

何とか歌えたけれど、うろ覚えのところもあってちょっと不完全でした。
保健の先生が「一度、それぞれの曲をみんなで練習してから合わせてみたら?」と、提案していただいたのです。
それぞれの曲を練習して、2度目に合わせたとき、2つの曲が見事なハーモニーになり、思わずクラスメイトから拍手が起こり、感動の一瞬でした。


歌好きのクラス担任
中学3年生の時の担任は、学生時代山岳部で歌の好きな先生で、先生に教えていただいた山の歌も、よく皆で歌いました。
写真は、クリスマス会の場面。「ホワイトクリスマス」を英語で歌ったり、ゲームをしたり・・。高校受験前にもかかわらず、しっかり「レクリエーション」して、仲の良いクラスでした。
 
歌声喫茶初体験
高校生になってからも、生まれて初めて大阪梅田の「歌声喫茶こだま」に先輩と一緒に行き、大人が、大きな声で歌っている姿に感動したことを覚えています。
この感動を文化祭でも再現したいと、模擬店「歌声喫茶コーナー」を設け、「上を向いて歩こう」「高校三年生」などを歌いました。この時も歌のリーダーを務めたのです。
中学や高校の活動が、ダークおじさんが歌をリードする原点になっています。

大阪童謡くらぶ発足
これらの体験があって、20年前に、元公立中学校の音楽の先生の呼びかけで、「アンサンブル泉」という音楽集団が生まれ、同時に「うたごえ in 森ノ宮」を立ち上げ、歌声喫茶を再現しました。続いて「童謡レストラン」と名付けた、童謡を中心に歌う会「大阪童謡くらぶ」が生まれました。

童謡伝道師として
ダークおじさんは、今大阪市内でうたごえを開催して、童謡や唱歌などを中心に歌っています。
また、地元の小学校の生涯学習ルーム「歌声ひろば」では、高齢者の方々と月1回の童謡を楽しんでいます。童謡伝道が自分のライフワークになりました。


写真は、区民センターで開催された生涯学習フェスティバルに参加して、童謡を披露したときのものです。杖の方も椅子に座る方もおられ、最高齢は92歳のMさん。遠くから息子さん家族がお母さん、おばあちゃん、ひいばあちゃんの「晴れ舞台」を見に(聴きに)来てくれました。
 この時のステージは、「春の小川」&「ちょうちょう」など、違った曲を同時に歌うスタントコーラス-「月の沙漠」&「赤い靴」。「証々寺の狸ばやし」&「かたつむり」を披露したのです。童謡伝道マガジンふんふんの7月の歌「うみ」と「ぞうさん」もきれいなハーモニーが生まれるのですよ。

●ニックネームの「ダークおじさん」は、男声コーラスグループ「ダークダックス」の「ダーク」だと、40年前に某看護専門学院の学生さんがつけてくれたもので、今も大切に使っています。

●これから毎月、童謡や唱歌などさまざまな歌にまつわるエピソードを綴っていこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。

文/ダークおじさん 筒井幹夫(65)
学生時代は、グリークラブ(男声合唱団)に所属。卒業後、青少年育成専門団体に携わり、学校キャンプ、ファミリーキャンプを担当する。ここで、歌が大きな力になることを体験する。
現在、ふんふんさろんシニアスタッフ。大阪童謡くらぶ会員、歌声喫茶ピープルズリーダー。