月のウサギ
むかし、インドの山の中を行者様が旅をしていました。歩き疲れた行者様は、人も通らない奥深い森の中で疲れ果てて倒れこんでしまいました。
時間が経って行者様はゆっくりと顔を上げ、あたりをみまわしました。
見ると一匹のウサギが一生懸命、行者様の火打石で火をおこそうとしていました。ウサギは友達のサルとキツネを呼んできて、どうしたらいいか話し合ったのです。
サルは川に行って魚を捕りに、キツネは木の実を拾いに行くことにしました。
ウサギは火をおこして魚や木の実を焼こうと思いました。あちこちから木切れを集め、行者様の近くに積んで、行者様の持っていた火打石で何とか火をおこそうとしていたのですが、火はウサギにとっては怖くてなかなかうまくいきません。
「私がしてあげましょう」
行者様の声にウサギはびっくりして、火打石を落としました。
「この、薪は・・おまえがつんだのかね?」
行者様はカチカチと火打石を打ち合わせて、上手に薪に火をつけてくれました。
そして赤い炎があがり、薪がぱちぱちいってくるころ、でかけていたサルとキツネがそれぞれたくさんの木の実や丸々とした魚を持って戻ってきました。
「行者様、これをどうぞ」
「たくさん歩いてお疲れになられたのでしょう。どうぞ召し上がってください」
行者様は自分の前に差し出されたいろいろなおいしそうな木の実や魚をみていいました。
「これはとてもありがたい。お前たちの心遣いには本当に感謝するよ」
そして、木の実と魚を焼こうとしました。
そのとき、行者様の前にさっきのウサギがやってきていいました。
「行者様・・、申し訳ありません。私はサルさんやキツネさんのようにおいしい木の実も太った魚も取ることができません。それどころか行者様の体を温めるための火をおこすことも怖くてできませんでした。行者様、でも私も差し上げられるものがあります。どうぞお受け取りください」
そう言うか言わないか、ウサギは火の中に飛び込んだのです。
キツネもサルもあっという間もありませんでした。赤い炎に包まれたウサギを助けたくても、もうそれはサルにもキツネにもできませんでした。
すると、そのとき一緒に見ていた行者様が火の中に手を突っ込んで、炎の中から焼けたウサギを運び出しました。
「ウサギよ、お前の思いは受け取った。私はお前にその礼をしよう」
そう言いながら行者様の体はどんどん大きくなっていき、その頭や顔は雲の上に出てしまうほどになりました。大きくなった行者様は、ひとつの山をすっかり握りとると、それをぎゅっと押しつぶして丸い形にしたのです。
そして、その丸いものをぽ~んと空に放り投げると、それは夜空にぽっかりと浮いて、とてもやさしく輝き始めました。行者様は手を高く上げて輝く丸いものの上にウサギをのせて言いました。
「お前はとても尊い行いとした。だから私はお前を永遠に輝く月に住まうことをその報いとして与えよう」
こうして、月にはウサギがいるようになったということです。